なぜ 両親なのか

 

本内観は、両親を対象に内観を行いますが、父親と母親の二人を同時に行うという事ではございません。
 
本内観を始める前に、まず、対象者を決めて頂きます。
仮に、父親を選択された場合には、父親を完全突破(クリアー)するまで、父親の事だけで作業を進めて頂きます。
 
順調に事が進めば、たった2日(2回)で父親を完全突破できますので、途中で、母親に変更したりする事は望ましくありません。
この件に関しては別ページの「本内観(両親編)」で詳しく説明しています。

 
今からイラストを使って本内観のメージアップに務めたいと思いますが、
ただ残念な事に、イラスト自体が誤解を招きそうな描き方(表現)になってしまいましたので、この後の文章を読み進めて頂く上で、下記の赤文字/二行を念頭においてお読み頂ければ幸いです。
 
(1)父親、母親は同時には行わない。別々に行う。
(2)一度、決めた対象者を途中で変えない
 


仮に、本内観で、父親に対しての内観を始めるとします。
父親に対して、ポジションに感じる事と、ネガティブに感じる事を、別々の紙に書いてゆきます。

ポジションな内容
父親からしていただいてありがたかったこと 
父親に迷惑を掛けてしまってお詫びしたいこと

  

ネガティブな内容
父親に対して感じているネガティブな感情やマイナスの思いなど

 

仮に、父親にネガティブ感情を感じている人が

内観所研スタッフから、「父親に対して、ありがたいな〜と感じる事を紙に書いて下さい」と言われても、すんなりと感謝の言葉なんて書けませんよね〜〜
 

いま、自分が、この世に居るということは、
両親が産んでくれたから・・
そして、育ててくれたから・・
産んでくれた両親、育ててくれた両親に対して
感謝の気持ちを書いて下さい。と言わても・・・

 

現実は、そう甘いものではありません。

両親に対して、怒りを感じていたり、恨みを持っていたり、憎んでいたり、日々、両親に不平不満を感じている限り、感謝どころではありません。
 
だいいち、どこの親だって、そんなに立派なものばかり持ち合わせている親なんて居るわけありませんし、文句の一つくらいは言いたくなりますよね。
 
まあ、私なんぞ!
自慢じゃないですが、親父さんが大の酒飲みだったので、随分、苦労しましたよ。嫌な思いもたくさんしましたし、恨んでもいましたし、感謝の気持ちどころではなかったです。(ニガ笑)
 

ですが、

たとえ、最悪だと思えてしまう親であっても、その親を恨んだり、憎んだりしている自分が居るという事は、その分だけ、自分自身が損をしてしまうということは否定できない気がしています。

 
え〜 いやですよね~~ まったく!
自分はけっして悪くないというのに、自分は一方的に被害者の立場であるというのに、加害者側(?)の親に対してネガティブな思いを持つと、その分だけ自分が損をする?
 
え〜 冗談じゃないですよ! 
随分な話ではないですか! 
 
先日、こちらへ内観に来られた方も、小さい頃から、一方的に、事あるごとに母親に殴られたそうです。思い出すたびに、悲しくもなりますし、腹が立つとおっしゃっていました。
 
そうですよね。
ありがたい事を沢山してくれた親だったら、感謝の気持ちが自然に湧いてくるというものですが、仮に、親から虐待を受けていたとしたら、その親に対して、怨みこそあれ、感謝の気持ちなんて、とても、とても、・・・
 
でも、職業柄、人様のお悩みと向かい合う仕事をしてきた私の経験からすると
お叱りを覚悟で申し上げちゃいますが・・・

親に対するネガティブな気持ちが強い人ほど、ご自身が抱えている問題が重く、一度トラブルに巻き込まれると改善しにくい傾向があるのかな〜 という気がしています。

 
如何なる両親であっても、その両親に対して感謝することができれば、それが、その人自身の幸運の土台となる。ということは理屈では分かったとしても・・・
 
でも、感謝できるか否かは、これまで両親と、どのような関わり方をしてきたのかによって、ある程度は決定されてしまいます。
 
仮に、
過去に嫌な出来事を沢山経験しているとしたら、
その事実を変える事ができない限り「今更、親に感謝なんで無理!」 
・・・と言われてしまうと、後は成すすべもない。という事になってしまいます。
 

ですが、

それを可能にしてくれるのが、癒しクリエーションで一押の「本内観(両親編)なのです。
 

ご本人さまのやる気さえあれば、誰でも必ず両親の壁は突破できます。
いかなる両親であっても、一切のわだかまりを消すことは可能です。

 
先日、記述式内観を受けに来られた方は、小さい頃に、両親から過酷なまでの虐待を受けたそうですが、記述式内観を始めた当初は、思い出すと今でも心身がとても緊張し・・・ とおっしゃっていました。
 
しかし、2日目の内観が終わりに近づく頃には、その両親に対して、まったく、わだかまりもなく、今はとても、清々しい気持ち、ありがたい気持ちで一杯だとおっしゃっていました。
 
過去の事実を否定することなく、過去に目を背けることもなく、過去を受け入れた上で、その過去に対して、「一切のわだかまり」を消し去ったのです。嘘みたいな話ですが、でも、本当の話なんです!


下記のイラストを見て頂けますか。
何だと、思いますか? これは、我々の心を描いたイラストです。
 

潜在意識の説明1
 

内側に小さな円(黄色の部分)があり、その中に「光」と書いてあります。
これが「内なる光」「ハイヤーセルフ」「真我」「本当の自分」「仏性」「神性」などなど、いろいろな呼び方がありますが、とにかく我々の心の奥深くには「光の意識」があるという事を示しています。
 
その小さな円の外側の次ぎの円(潜在意識)ですが、その円の中には沢山の「豆」が詰まっています。
いえ、いえ、今回は、豆(まめ)ではありません。
心の中にある「ゴミ」なのです。
 
お城の石垣のように、びっしりとゴミが詰まっていて、地震が来ても崩れそうにもありません。
 
この心の「ゴミ」が沢山詰め込まれている円の領域が、世間でいう潜在意識だと思って下さい。
 
そして、一番外側の大きな円(白色の部分)が、顕在意識(表面意識)です。
「これは良いことだ」「あれは悪いことだ」と判断したりする。
 
通常、我々は、顕在意識をふる活動させてながら暮らしていますので、自分の心の中(潜在意識)に、このイラストのように沢山のゴミがあることなんて、ほとんど気づきません。
 

潜在意識の領域に心のゴミがあると

ときには、それが体に現れたり(病気)
ときには、それが性格的なことに現れたり
ときには、それが精神的なことに現れたり
ときには、それが経済的なことに現れたり
・・・と、自分では望んでいない嫌な出来事が現象化されてゆきます。

 
表面の顕在意識レベルからすると、私はそんなことを望んだ覚えはない! という事であっても、その事が起きてしまう背景には・・・
 
誰だって、自ら望んで病気になりたいとは思っていませんが、
しかし、病気になるには、なるなりの原因が潜在意識の中に・・・?
 
「必要でないもの」の事を世間では「ゴミ」と呼んでいますが、私たちは、その必要でないものを、たくさん、たくさん、自分の心の中に貯めてしまっているようです。
 
たとえば、2才の時に母親に叩かれたとします。すでに、20年以上が経過した今となっては、その当時の事を覚えている人は少ないでしょう。ほとんどの場合、忘れていますよね。
 
でも、その当時、その事によって、とても恐怖を感じたとしたら、その時、感じた恐怖の記憶は潜在意識にしっかりと刻まれているようですから、処理しない限りは忘れているだけのことで、20年以上の月日が経った今でも残っているということになります。
 
このように考えてゆくと大なり小なり、誰でも潜在意識レベルにネガティブな思いや感情を、つまり、心のゴミを溜めてしまうということになります。
 
先のイラストのように、心のゴミがお城の石垣のようにびっしりと詰まってしまうと、自分1人ではどうする事もできなくなってしまいます。
 
ですが、下記イラストに書いてあるように、父親、または、母親に対して感じているネガティブ思いや感情(心のゴミ)を、一つずつ、外へ除去したら、どうなるでしょう?
 

潜在意識のゴミを排泄

 
ある一部に穴が貫通ました!
これを表現したのが下のイラスト、温泉を掘り当てたようにです。
 

内なる光と繋がる

 
潜在意識に穴が空き、顕在意識と光の意識が繋がりました。
このとき、何が起こると思いますか?
ただ、ただ、感謝の気持ちが吹き上げてきます!
 
これ以上、私が書くと嘘っぽくなるので、匿名ですが、先日、内観を体験された方から、お便りを頂きましたので、そのまま、ご紹介します。
 

先日は 内観と 体の方もみていただき大変お世話になりました。なんだか、すごく報告したくなったのです  今 お風呂に入っていて 洗面器に湯を満たしたものに 手をいれて ぼんやりしていたら急になんだか 味わったことのない  安心感というか あたたかさみたいなものが、こみあげてきました  
 
内観の面接の時に、お腹の辺りに手を あてていただいていたときに近い感覚で正直あのときよりもさらに安定してました
 
宇宙を想い すべてつながっているんだ~みたいな ことが なんか わかるっていうか・・・  
言葉でうまくいえないのですが 身体で感じたというんですかね?  
同時に もう心が 躍るというか 感謝の気持ちが 自然にわいてきました  
言葉にすると なんだか伝えきれないですね  
 
今まで 表面的な感謝しか でてこなかったんですよ、私  
でも今回は心からの感謝というか わ~うれしい ありがとう ありがとうっていう うれしくてたまらない感じでした 。

 
というように、この方の場合には、内観にお越しいただいたとき、その場で、そのような心境になられたのでなく、ご自宅へお帰りになって、2~3日位してから、それを体験されたそうです。いずれにしても素晴らしい話です。
 
個人差はありますが、本内観(両親)の作業をして頂いて、ゴミを掘り出し、掘り出し、潜在意識レベルを奥深くへと掘り進んでゆくと、最終的には、どなた様でも彼女のように、必ずや自らの「内なる光」と出会えます。
 

多目的内観は問題解決的な要素が多分に含まれた企画ですので、このページで紹介しているような結果(ゴール)は望めません。もし仮に、これを求めるというのであれば、選択肢はただ1つだけ! 
本内観を受けて頂く事に尽きます。

 
不思議なことに、一度でも中心(光)にまで掘り進んだ(たどり着いた)人は、今まで、お城の石垣のように堅く堅く固まって、まったく緩む気配がなかったゴミの石垣が崩れ始めます。
 
満員電車のように、まったく身動きもできない状態でしたが、一人でも電車から外へ出てくれれば、次の人が動くゆとりが生まれ・・・
そうなると、次から次へと順序良く、内側のゴミが自然に外へと出て参ります。自然に浄化作用が始まるというわけです。
 
本内観(両親が対象)での作業は、父、又は、母に対して焦点を絞り、自らの中心(光)へ掘り進んでゆきますが、なぜ、両親をターゲットとする本内観がお薦めなのか、少しはお分かり頂けたでしょうか。
 


実際に、本内観、多目的内観を受けるには

今現在、こちらで用意した会場まで足を運んで受けて頂く内観所研修は行っておりません。
多目的内観、本内観はオンライン研修のみとなります。
費用等、詳細につきましては、別ページ「オンライン研修」ご覧下さい。