記述式内観タイトル

NO.61〜70


 
NO.61

今回の2日間は、相手に対しての憎しみが出てきて、とても苦しい思いをしました。
 
何度も書けなくなり、途中でもう止めようと思ったりしました。
そんな時、先生に、『今は暗いトンネルの中に居るけど、必ずトンネルには出口があるから』と励まして頂き、なんとか、ゴミ出しをさせて頂きました。
 
そんな中で、私はなかなか、気づかずにいたのですが、ゴミと共に私が、長い間気になっていた事、苦しんでいた事の答えが出てきている事を教えて頂きました。
 
私がわだかまりを持ち、嫌いだと思っていた相手は、私の前に現れて私の問題点を教えてくれていました。
 
そして私が、この人生でクリアすべき課題を教えてくれていた大切な方だった事に気づかせて頂きました。
 
問題は目に見えるものとして、目の前に現れていましたが、答えは目に見えないものとして私の中にありました。
 
両親に愛されている私は、ただそれだけで充分だという事に、また、満たされている事に気づかせて頂きました。
 
そして、起こっている現象の意味に気づかせて頂いた今その事から逃げず、認め受け入れていく事が、自分の課題をクリアして、それが魂の成長になり、光へと繋がると分かりました。
 
これまで、歩いてきた道を振り返ってみると、何の関係も無いと思っていた出来事1つ1つが全て繋がっていて、その出来事全てに愛情が降り注がれていた事に気づかせて頂きました。
 
いつも、常に大きな愛に包まれていました。
そして、私が成長する為に必要な出来事が用意されていました。
 
それが、分った時、どういう言葉で表していいのか分かりませんが、大きな感動となんて、ありがたいのだろうと、ただ、ただ感謝の気持ちで一杯になりました。

これからは、気づかせて頂いた事を日々の生活の中で実践してゆき、そして、いろんな方と、愛を分かち合いながら、何かのお役に立たせて頂きたいと思っています。ありがとうございます。



NO.62

先日、私は姉と共に一日内観を受けてまいりました。
3度の集中内観の参加に続いて、4度目の体験となりました。
 
3度の内観の時には出てこれなかった深いところのゴミが浮上してまいりました。
 
私に暴言をはいたあの人、この人・・・ ではなくて、その言葉そのものを自分自身が自分に吐いていました。
 
他の誰でもない、 自分がこんなに自分を嫌っていたとは・・・などと感じる暇もなく書き続けました。
 
憎らしくて、きらいで、悔しくて、涙が止まりませんでした。
性格・身体の特徴・失敗したこと・・・あらゆる事がランダムに出てきました。
 
途中で体中が重くなり、ペンを持つ手にも力が入らなくなりました。
自己否定のごみの量にあっとうされて、意識が朦朧としていました。
 
しばらくすると、急にその自分自身が可愛そうになってきました。
悔し泣きが、哀れみの涙に変わりしばらく涙は出るに任せました。
 
すると、ふと「私は今だれにも嫌われていない。誰かに恨まれてもいない・・むしろ、みなに愛されているかもしれない」と感じました。

その途端、息が出来ないほど泣いてしまい体中あたたかいものに包まれました。
 
そうだ、私はいつも愛されていた。自分を嫌っているのは自分だけだ!
自分を認めないのは自分だけだと感じました。

そんなかすかな希望を抱いて、新しい年を迎えられる事ができそうです。
本当にありがとうございました。

 


NO.63

内観に参加させていただくのは、今回で2度目でした。
 
1度目は、母についてのゴミ出しをしました。昔から母に対してはものすごい苛立ちを感じていました。なんでこんな人が私の近くにいるんだろうって、いつもいつも考えていました。

母は、全く私という人間を1人の人間として信用してくれはしませんでした。でもそんな風に母の事を思っている自分自身の事が私はもっと嫌で、私は母に対しての怒りと、母に対してそんな事を思っている自分自身に対しての恥ずかしさで、どんどん自分の事が嫌いになっていました。
 
そんな状態でしたので、何年か前辺りから、私は自分自身が親に対して感じている怒りなどの感情を全て自分の中でごまかすようになっていました。

ですので1度目の内観の時はなかなかうまいようにゴミを出す事が出来ずにいました。
 
そうしている内に先生から呼ばれ、「うまく書き出せないのなら、うまく書き出せないという事もそのまま感じた通りに紙に書いていくといいんですよ」と言われました。

それからは書き出せないという気持ちなどもそのまんま紙に書いていくようにしてみました。そうしたら段々と書けるようになってきて、母に対しての怒りばかりを何十枚も書いていました。

でもその内にそれが段々とごめんなさいという言葉に変わってきて、最後には有難うという言葉だけに変わっていました。



NO.64

私は、6月にはじめて内観を受けさせていただき今回は2回目となりました。
一回目の6月の内観は父についてしてみましたが、あのあと私自身の体に変化がおこりました。
 
私は3・4年前から右手がひどくあれて、毎日朝おきて「手が痛いなあ」が私の目覚めでした。いろんな皮膚科に通い、いろんな薬もためしましたし、体の中の栄養が悪いのかと食事やサプリ・健康食・漢方にとチャレンジしました。でもよくならないんです。
 
そんな時先生のホームページと出会い、私の体が何か訴えてているのかと考えるようになりました。
 
しかし、何もしなくても皮膚が切れてジンジンしたりすることは、私にとってイライラにつながりました。
 
内観を終え7月に入った頃、母に「近所の皮膚科に行ってみなさい」と言われました。
 
でも以前に行った事のある皮膚科だったのになぜか「行ってみようかな」と思い、行きましたら、薬がきいて一週間で腫れはひき、今ではマニキュアもぬれる爪(以前は爪もボコボコで)と手になりました。
 
まだ全快ではありませんが、お料理ができるようになったり、物をしっかりもてたり、たわしのような感触で化粧水をつけていたのが・・・・もう最高なんです。本当にありがたくて。

 


NO.65

内観は頑固な父の事をすると決めていたものの最初は何から書こうかと悩みました。でもその悩み?も束の間で父への不満がどばどばとでてきました。
 
悲しみの涙と鼻水でティッシュの減りも早く、これまでずいぶん自分は我慢していたものだと思いました。
 
紙に書きこむ言葉は「怒鳴るな」「怖い」「負けてたまるもんか!」などなど・・・
 
どんどん書いているうちに母に対する父の態度が許せない!という私が出てきて「仕返し」とか「かたき」とか意識したことのない言葉が出てきました。
この言葉には自分でも驚きました。
 
あぁ、これが私を苦しめ父への反抗的な言葉につながっていたんだと思いました。
 
たくさんノートに書いた後にぴたっと書くことがなくなってしまいました。
「書くことがなくなりました。」と書きました。
 
面接をしていただき、そのことを伝えるとゴミが出たんだと思います。と言っていただきました。
 
最後に紙には「お父さんありがとう」と一言だけ出てきました。
泣きたくなるような感謝の気持ちまではいきませんでしたが、父も私と話したいに違いない、私も父と話しがしたいと感じました。

帰り道はなぜだか体がふらふらして力が抜けたようでした。
実は東京駅で夕飯を食べている途中、急に父への感謝の気持ちがじわじわでてきて、カレーを食べながら涙がでてきました。
(カレーが辛かったわけではないのですが、こんなことってあるのでしょうか・・・)
 
自宅に帰ってから、父を「怖い」という気持ちはほとんどなくなりました。
張り詰めた気持ちもなくなりました。
胸の辺りが軽くなったような気さえします。
 
スタッフの皆様、私のゴミだし作業に時間を割いていただきまして本当にありがとうございました。



NO.66

先日は一日内観でお世話になりました。
 
なんだか、心が軽やかになった気がします。
鎧がひとつなくなったような、何かがいつのまにか消えたような感じです。
 
私が母から、知らず知らずのうちに受け継いでしまったクセのようなものを、無くしたいとずっと思っていました。
 
特に子供が生まれてからは、母を反面教師に、母とは違う接し方、子育てをすることだけに心を砕いてきました。
 
にもかかわらず、息子は私の子供の頃、とにかよった欠点を顕してくるようになってきたのです。あれだけ、気をつけて育てたつもりなのに、何故だろう???
 
内観ではそこのところを解決したいと思い臨みました。
自分の力ではない、誰かの力添えをものすごく感じる展開の一日でした。

なぜなら、書けなくて困っていると、必ずスタッフの方に呼ばれて的確なアドバイスをいただけたし、自分の予定と違う切り口なのにいつのまにかゴミにたどり着いていたからです。

まだ途中なのかもしれませんが、私の中で何かが、消えた気がします。それは自分では意識することがなかったクセのようなものです。
 
感覚に振り回されることが多かったのですが、なんとなくそれが消えている気がします。
 
ある意味クールに、平常心でいられるというか。。。。。とてもありがたいです。今回も大変お世話になりありがとうございました。

 


NO.67

あれから1ヶ月経ちました。
 
身の回りがキラキラ輝いてます。
 
毎日が「ありがとう」の連鎖を起こしていまして、偶然のラッキーなんてすごく起きてて、マイナスに感じた事も結果おーらいになったり、何に関しましても「ありがとうございます~」の連続です。
 
 

私の仕事が「スーパーウルトラ忙しい」のですが、今までどんなに大変でも「僕は僕」タイプだった主人がびっくりする位ヘルプしてくれるようになり、優しくなり感謝の連続です。
 
「男子厨房に入らず」の人だったのが「ピラフつくってあげるよ」と助け舟をだしてくれたりする程の変化に子供たちもびっくり!うれしそうです〜

 
そして『父ともっと時間をすごしたい』etc・・・という「ゴミだしさせて頂いた内容」が流れたようで、長年の夢だった実家の父と、このゴールデンウィークに買い物にまで誘われてしまいました。

目が飛び出るほどびっくりでした。
 
仕事の面でも、内観終わった週の4日後にあるひらめきが起き急進展して、それらをサポートして下さる方々が次々登場されて来まして、更なる進展を起こしています。
 
ゴミだしって本当にすごいです。

こんなに毎日「ありがとうございます」の連続でいいのでしょうか。
こわいくらいです。
 
歌にもありますが『いつも心に太陽が』の毎日です。心がとても満ちて、ほわっとしています。

本当にありがとうございます。



NO.68

どぉ書いたらいいのか、自分の感覚では ありありと
感じているのですが、言葉にしようとするととても難しくて。。
どぉしたものか・・と何度も書き直しました

私は、「私自身」に対してものすごい嫌悪感・劣等感をもっておりました。
そこから逃げるため、隠すために私は「別の私」になることで、今まで生活しておりました。
でも、徐々に「私自身」を見つめてみたい気持ちになり、「別の私」に違和感を感じはじめました。

そして3月の内観後にはこの思いはどんどん強まり、
それと同時に「私自身」を許したい・認めたい・受け入れたい・
あるがままの私になりたい という思いに至りました。

そして今回(GW)の内観で、自分の内側を掘り出していきながら、一時は、もぉ「別の私」を切り離すことは不可能かも。。

と、くじけそうになりながら、先生の助けをいただき、とうとう「別の私」とさよならをすることができました。

とても素晴らしいお別れをさせていただきました。
その時に感じた、深い安堵感と安心感・感動・光 は言葉で言い尽くせない感覚でした。

今まで頑張って生きててよかったと感じました。



NO.69

内観の度に、心のウロコが1枚ずつはがれて行くようで、今とても新鮮な気持ちで過ごしています。

前回までの内観を終えて、ずいぶんと楽に生きられる様になったものの、
日々の生活に追われ会社でのあまりにも負担の大きさに、自分の限界を感じていました。

私が、頑張らないと、私が頑張らないと…と自分に言い聞かせ、頑張れば頑張るほど、ストレスと苛立ちがどんどん大きくなり、イライラして娘に当り散らしてしまって、娘の寝顔を見ては、涙を流す事を繰り返していました。

内観で、娘に対してごめんね。ごめんね。と書きつづけていた時に、面接で、会社での苛立ちをそのままスイッチを切りかえられずに家に帰っているのであれば、会社のことに対するゴミを書き出してみたらとアドバイスを頂きました。

そして、今まで積もりに積もった、ネガティブな感情が次々と浮かび、ガリガリと勢い良く書き出し続け終了間際まで書き続けていましたが、ぴたりと手が止まり、会社の事、社長の事、上司の事と考えても何も浮かばなくて、あれれっ。

気分もスッキリしていました。
その時に、何で今まで私はこんなに悩んでいたんだろう。自分が怒られているわけでもないのに、こんなに切羽詰った感情で過ごしていたんだろう。という疑問が浮かび、長年、私を苦しめてきた、?自分の癖?が分かりました。

幼い頃から家族間でなにか問題が起こると、いつもなぜか私のせいにされて責められていました。いつのまにか、何か問題が起こる度に自分で自分を責め、私がいるからいけないんだ!
 
私が生きているから…。と自分で自分の存在を否定し続けてしまい、いつのまにか他人の事までも自分のせいと思い込み苦しんでいたようです。

そのことにやっと気づけて、良かったです。

内観から帰って、びっくり!!
社長が会社全体が、とーっても穏やかで怒鳴り声がしないんです。笑。
内観ってほんとうに素晴らしいです。



NO.70

内観(5回目)が終わってから、なんだか肩の力がすぅーっと抜けて心がほんわかとしていて、ふにゃっとしてとても穏やかで、ふにゃっとした表情で、笑っている自分に驚いています。

今回は、自分についての内観をさせて頂きました。
今までの事で思い浮かぶ、さまざまなネガティブな感情を書き出していたら、
ずっと心の奥に大事にしまっていた、大切な大切な言葉が…
 
その言葉が心の奥にあったお陰で今まで頑張って来れたんだと思う反面ただの私の執着かもしれない…。

どうしたら良いものかと思っていた時に、丁度面接で、今の状況を説明すると「大切な想いは無理に捨てる必要はないよ。
 
自分の本音はどうなの?自分の本音を誰が認めてくれなくても、自分が分かってあげなくてどうする? 自分の本音を書き出してみたら?」とアドバイスを頂いたので、自分の本音に意識を向けてみました。
 
もう涙が止まらず、書き出しの紙がヨレヨレになって目にワイパーを付けて欲しいくらいの涙が溢れて、私の本音ってこんなにも素直で純粋な気持ちだったんだ。

いつもいつも心の奥深くに追いやられて耳を傾けるどころか常識や建前でがんじがらめになって、苦しんでいたのが良ーく分かりました。

今回の内観で自分の本音に出逢えた事。バンザーイ♪です。